SSブログ

三題噺(銀座・サラリーマン・ハンカチ)

うまい洒落で1杯サービス

 銀座にあるマスターひとりのカウンターバー。敷居が高いのか、不況なのか、あまり調子がよくない。そこでマスターは考えた。うまい洒落を披露した客には、水割り1杯サービス。ただの駄洒落でもいい。ただし1回だけの勝負がルール。店の雰囲気が明るくなり、会話も軽くなる。特に一人で来る客が増えてきた。

 丸山が一人で店に現れたのは9時頃、接待帰りだ。奥の薄暗いカウンターにはスーツを着た男が座っている。前回いつ来たか丸山は考えた。あのワセダの斎藤佑樹がプロに入った頃だ。契約金1億円、年棒1,500万円。それに比べ自分は600万。半分以下の価値だ。そこでひらめいた駄洒落で勝負したのだ。

 「年収は、ハンカチ王子の、半価値だ」

 それに対してマスターは、

 「文字で見ないと伝わらないです。聞いただけですぐ解らないと。これでは水割りはダメです。でも丸山さんの価値が斎藤佑樹の半分なんてことはないですよ。自信を持ってください。」

 丸山は前回、こんなやり取りをしたことを思い出した。
 マスターは奥の常連らしい紳士の話を興味深く聞いている。丸山もその博識さについ耳を傾けてしまう。

 「和食は素材だ。でも刺身、湯豆腐のうまさは醤油で決まる」
 「酵母の種類は無限にある。最高のものにいつか出会うはずだ」

 この客、素人ではないなと丸山は思った。ここは銀座のど真ん中。名のある学者、美食家だって来てもおかしくない。 少し飲んで接待の余韻も消えた。もう10時だ。今日は駄洒落なしで帰ろう。会計をお願いした時、そっとマスターに訊いてみた。

 「あのお客さん、何者?」
 「醤油を作っている大きな会社のお偉いさんですよ」

 丸山は酔いにも押されて思いつくまま言った。

 「ひょっとして、キッコーマンのサラリーマン???」
 「そうですよ。丸山さん、最後に駄洒落がうまく決まりましたね」
 「あっ!そうか・・・」

 丸山は帰るのを少し遅らせて、マスターから水割りを1杯もらった。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。