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時代の答えを見つけるために

 今の時代に課せられた答えや目標を見出すには、皆が知恵を出し合い、ぶつけ合い、組み合わせ、摺り合せていくことは確かに意義深い。仕組みづくりや、その風土を醸成することも必要だ。

 それでは、なぜ今は答えの見つからない時代なのか。難しい時代なのか。それは、我が国の経済や社会が高みに達し、多くの人々が現状に満足していることではないだろうか。目標を掲げ実践することは、理想と現実の乖離を埋めるための作業に他ならない。理想がないから目標がもてないのではないか。

 1年前の平成23年3月11日に発生した東日本大震災。被災者の支援に汗をかく人々、津波から賢明な判断で身を守った少年たち。そこには生存を懸けた「答え」があった。危機感があった。一方で、我が国全体を見渡した場合、そのような危機感は薄い。首都圏の人々は帰宅ができない、節電を強いられた程度のことであった。「がんばろう」という聞こえの良い言葉に負ぶさっていないだろうか。我々は被災地の辛苦を深いところで共有するまでにはまだ至っていない。

 しかし、我々はいまの生活が永遠に続くとも思っていない。漠とした不安を持っている。原発に代表される高度な科学技術の取扱い、高齢化する社会、予想のつかない周辺諸国の動きなど、この震災が我々の社会のあり方を議論するきっかけになったことは間違いない。そのために必要な方向性を考えてみたい。

 第一には、まず知恵を出し続けることである。今抱えている課題の難しさを殊更に強調し、考えることから逃避してはならない。我々はこの今しか目撃も行動もできない。それ故に、絶対的な時間である今を「激動の時代」、「歴史の変換点」と表現することが頻繁にこれまで行われてきた。今を歴史の中で特殊で難解なものと考えがちだ。今の時代に歴史的な位置づけを最終的にするのは我々ではなく、後世の人々が行うものであることを認識する必要がある。

 第二には、極端に走らない視点を持つことである。現状を全面的に否定して大転換を図るのではなく、新しい知恵と現状の「摺り合わせ」が大切である。例えば、「物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ」という考え方がある。しかし、豊かな経済活動を通じて精神は豊かになる側面もある。歴史の中で人々に影響を及ぼした思想や文化の多くは、経済的に発展した地域で育まれた事実がある。高度に発展し利便性を発揮する科学技術を、もはや捨てることも後戻りさせることも現実的にはできない。

 第三には、諦観を持つことである。我々は震災を通じ、圧倒的な力を持つ自然の前に立つ砂上の楼閣に住んでいることを改めて実感した。いつ丸裸にされても仕方ない覚悟が必要だ。これはペシミズム(厭世主義)やニヒリズム(虚無主義)ではない「積極的なあきらめ」だ。このことが、我々の精神的な活動の中にも影響を及ぼし新しい知恵も出る。もちろん、国土建設や防災の新たなあり方に結びつくことになる。

 五木寛之は『下山の思想』の中で「下山では、安全に、そして優雅に、出発点にもどり、いつかふたたび次の山頂をめざす」と言っている。我々は、これから違う形の山を登っていくのだろうと思う。我々はどのような山を探すべきか考え続け、知恵を出し合い融合し、それが歴史に記録されていくのだろう。
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